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理学療法士より一言(10月号)

理学療法士より一言(10月号)


 代表的な秋の味覚『サンマ』は不猟の影響で9月上旬には200円近くしていましたが下旬になると100円前後で購入できるようになりました。皆様はいつ楽しみましたか?常に進んでいる世の中では時にその判断が困難になる事が多々あります。


 訪問リハビリにおいても判断が難しい事があります。①本人が行いたい事②家族が本人に行って欲しい事③家族が本人に行って欲しくない事④本人の能力⑤家屋環境。この5つの中から短期/長期的なゴールを導き出す事などです。本人や家族が意外に見落としている事があったり、反対に看護師・療法士が見落としている部分を教えて頂いたりもします。しかし大切なのは見落としている部分に焦点を当てるのではなく、その点を話し合い、難しい判断を『皆が納得する判断』に変える事ではないかと思います。新しい別の視点としてこれからも関わり合えたらと思う次第です。


(ケアーズ新聞松阪10月号より)


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【 2014/11/27 】 ケアーズ日記 | TB(0) | CM(0)

訪問看護日記(10月号)

訪問看護日記(10月号)


 朝晩と寒さを感じるようになり、足の冷えや乾燥が気になりだしました。利用者様のケアでも足浴をする時に足の冷えが伝わってきます。ゆっくり温もりフットケアをしている間に桜色のような足になり、つくづく血液の循環の大切さを感じます。というのも私自信も冷えで悩んでいるので、いろんな事を試しながら自分にあった改善策を練っています。今年も手足の冷えとはお付き合いです…


 あと、肌の乾燥には保湿ですね。入浴後5分までに保湿剤を塗るのが良いといわれています。これは毎日実行しているので、数年前に保湿ケアができていなかった頃の肌を思うと全然違ってきていて、踵のカサカサや皮膚の痒みがなくなってきました。ちなみに時間がないときは洗面器にオイルを適量いれてお風呂から出る前にかぶるお手入れも楽です。保湿剤は皮膚からの水分が逃げないようにフタをしたり水分を補う役目があります。季節によって春先にはクリームタイプ、夏にかけてはローションや乳液タイプ、秋冬は油脂性軟膏がいいとされています。スキンケアをしながら秋の味覚や花の話をしながら訪問看護の時間を楽しんでいます。これからまた冬の寒さに向けて体調管理していきたいと思います。



(ケアーズ新聞松阪10月号より)


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【 2014/11/25 】 ケアーズ日記 | TB(0) | CM(0)

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」④

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」④




● 関係医学会も打ち出した 終末期の「脱延命治療路線」


 次いで、老人医療に関わる医師たちの関係学会が、こうした動きを捉えて新しい指針を打ち出してきた。


 日本老年医学会は2012年1月に「立場表明」を改訂し、「(胃瘻造設を含む)経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの適応は、慎重に検討されるべきである。すなわち、何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮すべきである」と新たな立場を発表した。


 「(胃瘻など)高度医療の投入は必ずしも最善の選択肢ではない」という思い切った路線転換である。


 日本透析医学会も2013年1月に、終末期の患者家族が希望すれば透析の中止や開始の見合わせを可能とする提言をまとめた。


 また、昨年8月に首相に提出された「社会保障制度改革国民会議」の報告書でも、死について言及している。国の審議会が死に触れたのは初めてのこと。


 「医療のあり方については、医療提供者の側だけでなく、医療を受ける国民の側がどう考え、何を求めているかが大きな要素となっている。超高齢社会に見合った『地域全体で治し・支える医療』の射程には、その時が来たらより納得し満足できる最期を迎えることのできるように支援すること――すなわち死すべき運命にある人間の尊厳ある死を視野に入れた『QOD(クォリティ・オブ・デス=死の質)を高める医療』――も入ってこよう」と、QOL(生活の質)と並ぶQODという新しい視点を指摘した。


 さらに「病院完結型」の医療から「地域完結型」の医療への転換には「高齢者が病院外で診療や介護を受けることができる体制整備が必要」と説く。


 「納得し満足のできる最期」を死のあるべき姿であると記し、そのためには「脱病院」が必要と記した。画期的な提言である。


● 2006年から病院死亡率は減少 施設・ケア付き住宅での死亡率は増加


 風向きが変わりつつあるのは、数字からも読み取れる。


 厚労省の人口統計調査の最新のデータによると、2012年時点で病院・診療所での死亡比率は全体の78.6%となった。2005年の82.4%をピークに下がり続けているのだ。この8年間で3.8ポイントとわずかではあるが減少した。


 戦後一貫して病院死亡者は増え続けていたのに、2006年に初めてブレーキがかかり、減少に転じた。統計をとりはじめた1951年から半世紀以上のトレンドを覆す画期的な「事件」といえよう。


 介護保険制度の発足で特別養護老人ホームやグループホーム、有料老人ホームの整備が進んだことも、病院死の減少に拍車をかけた。2005年からこうした施設やケア付き住宅での死亡率は3.5ポイント上昇しており、病院死の減少分3.8ポイントにほぼ相当する。自宅死はこの間わずかに0.6ポイントしか増えていない。


 厚労省の「脱病院死」への支援策も功を奏している。特別養護老人ホームやグループホームなど居住系サービスで「看取り」を実施すれば、介護報酬に加算を付けるようにした。


 2012年には、有料老人ホームにもこの措置を拡大。厚労省が「最期の時を迎えても、今まで通りの施設暮らしを続けてほしい。病院に搬送しないで」というメッセージを積極的に送り出したと見ていいだろう。


 病院死が少なくなれば、医療保険の負担が軽くなる。介護保険のサービスを十分使い切って、できるだけ病院に寄りつかなくする。高齢化が今後さらに高まるなか、財源不足は深刻な問題。まずは、医療保険の支出を抑えようと財務省は主張し続けている。その方向へ舵が切られつつあるのは確かなようだ。


 といっても欧米並みの病院死50%前後に到達するにはまだまだ先の話だ。地域包括ケアの目標年である2025年にはそのレベルに達しないだろう。厚労省が謳う地域包括ケアの実現には、地域での看取り、即ち「脱病院死」が欠かせないはず。地域包括ケアとは「病院等に依存しない住み慣れた地域で在宅ケアの限界を高める」ことと厚労省は説明している。そのためには、将来の病院死比率の目標数値を明確に打ち出すべきだろう。


 政策としては、訪問診療と訪問看護の浸透に拍車を駆け、24時間の継続される在宅ケアを一層推進していかねばならない。「死に方」は人間の尊厳に関わることである。そのためにも、自己決定による意志表明が重要である。


(ダイヤモンド・オンライン 10月15日)


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【 2014/11/21 】 訪問看護コラム | TB(0) | CM(0)

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」③

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」③




● 延命治療で「安らかな死」は迎えられない 本人・家族の間で増える“病院離れ”


 ここ最近、病院で最期を迎えたくない本人や家族が増えて来ている。病院は治療の場であるから、少しでも長く生きながらせようと病名を付けて治療にあたる。口から食べられなくなると胃に穴を開けて栄養剤を流す。胃瘻(いろう)である。呼吸が難しくなると人工呼吸器の装着や気管切開を施し、酸素不足に陥ると酸素吸入器を取り付け、腎臓が不活発になると人工透析で対応する。いずれも延命治療と言われる医療法である。


 胃瘻の造設者は42万人ともいわれる。欧米ではほとんど見られない。日本だけ突出している。欧米では、「もう一度口から食事が摂れる可能性があるときしか胃瘻を作らない」とよく聞かされる。


 延命治療を施すと、安らかな死を迎えられなくなるのは医学の常識だという。脳内モルヒネと言われるβエンドルフィンが放出されなくなるからだ。自然死であれば、その「幸せ感」効果で極めて平穏に亡くなることができるという。


 QOL(生活の質)も延命治療で損なわれる。体が受けつけない栄養分や水分を無理やり注入すると、心身に異変が生じるのは当然。その最期は醜く「溺れ死」と表現する医師もいる。


 親や祖父母が病院のベッドで胃瘻を含め様々なチューブでつながれたまま息を引き取る姿を見て、「可哀そう」「無残な姿で忍びない」と思う家族は多い。


 「昔は穏やかな看取りができたのに」「自然な死に方があるはず」という声が病院死に接した家族から広がりつつある。「次は病院に連れて来たくない」と決心して病院離れが徐々に進行している。


 胃瘻への反発はその典型例だろう。「病院が施す当然の医療行為」と見られていたが「実は延命治療」と認識され出し、病院死そのものへの疑問につながる。「大往生したけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一著)、「平穏死のすすめ」(石飛幸三著)など「終末期に病院治療は不要」と断じる医師たちの著作がベストセラーとなったのは、意識変化が患者家族に止まらない表れだ。


 自宅や集合住宅に積極的に訪問する診療所の医師の活動が盛んになり、市民の間に在宅医療への理解が深まりつつあることも病院離れを加速させている。


 「大病院信仰――どこまで続けますか」の著者、長尾和宏医師は「大病院は専門医だらけ。そんなに沢山いらない」と記し、大病院のあり方に疑問を呈す。尼崎市で町医者として多くの看取りを経験してきた。総合的な診療とは程遠い大病院と比較した医療者の発言は重い。


 また、首都圏で診療所をチェーン展開する佐々木淳医師の著書は「点滴はもういらない」。「病院で医療によって管理される死は自然なのだろうか」と問いただす。


(ダイヤモンド・オンライン 10月15日)


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【 2014/11/19 】 訪問看護コラム | TB(0) | CM(0)

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」②

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」②




 一つは、高度経済成長によって日々の暮らしのあり様が大きく変わってしまったことが上げられる。三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、掃除機)と3C(カラーテレビ、マイカー、クーラー)の普及、それに続く電子レンジ、食器洗い機など家電製品の浸透や新幹線の延伸、地方空港の増設などがどっと押し寄せ、ライフスタイルを一変させた。手仕事の家事に割く時間と関心が一挙に遠のいてしまった。「面倒なこと」「時間がかかること」は便利な家電製品や調理済み食品、様々なサービスに代替させることができる。


 出産や看取りについても、病院や診療所が次々開設されてくると、その利用頻度が高まり依存体質が染み付いていく。家族の「死に際」は、病気の延長と捉えて病院暮らしを最適な選択と思うようになる。面倒な自宅死よりも、「最期まで治療を続けた」という安堵感を家族にもたらし、医療への傾斜が強くなった。


 「病気の治療に精一杯尽くし、結果としての死」という思い込みが医療側に強く、国民も「病院でも力及ばずなら仕方ない」と、病院死を良しとする考えが浸透した。これを後押ししたのは医療や医師への日本独特の強い「信仰心」である。「お任せ医療」の帰結が、医療信仰をもたらした。


 もうひとつの理由は費用である。


 1970年代初めに、東京都の美濃部知事と大阪府の黒田知事が相次いで、老人医療費の窓口負担をゼロにした。高度成長期の豊かな税収を老人に回した施策だった。それを受けて田中内閣が追随し、70歳以上の老人医療費の無料化に踏み切る。通院が容易になり、病院がより身近な存在になった。


 この無料化策は1983年の老人保健法の登場まで続いたが、その後厚労省は「医療費は安いものという考えを根付かせてしまった」と明らかな拙策と認めている。 


 3つ目の要因は、「命は長いほどいい」という医療教育での考え方が、医師を通じて広まったことだ。心身の障害にはすべて病名を張り付け、その治療に取り組むのが医師の仕事と教育を受ける。患者や家族も病名を告げられれば、医療機関で治療を目指すという思考回路に陥ってしまう。ここから、本人には辛い過度な延命治療が始まる。


 出産と死は病気ではない。暮らしの中で普通に起きることだ。病院は病気の治療の場であり、暮らしの場ではない。生物は必ず死ぬ。死の原因は、老齢や老衰によるのが普通とされていた。だが、日本ではその概念が消えかかってしまった。


 欧米諸国では「自分で食事を摂ることができなくなった時が死へのプロセスの始まり」という見方が国民的合意となっている。「終末期の点滴は心臓に負担をかけて苦しめるだけ」と、延命治療を否定する。日本とは天と地ほどの違いだ。この違いは決定的である。時には、医師の判断で延命治療を拒絶することもあるという。社会の常識が優先されるからだ。


 この3つの要因によって、病院への依存体質を多くの日本人が受け入れてしまったようだ。だが、この潮流に逆行する大きな変化が各方面から現れてきた。


(ダイヤモンド・オンライン 10月15日)


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約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」

約8割が病院で亡くなる現状から“脱病院”路線へ 変わりはじめた日本人の「死に方」




 これまでこの4月から始まった医療改革と来年4月からの介護改革について述べてきたこの連載。前回は、これからの日本においてケア付きの“終の住処”の主役となることが望まれる「サービス付き高齢者向け住宅」の実態について紹介した。


 医療と介護の実践の場で最も重要な課題は、「死に時」の見極めだろう。死に場所の選択でもある。医療と介護の最終着地点は死であり、そのイメージを事前に把握しておかないと、医療も介護もスタートできないはず。ところが、日本人は死についての自己決定を躊躇し避け、家族や医師に委ねてしまいがちだ。


 死をきちんと見据えるには、死に関わる、あるいは死を取り巻く状況を検分しておかねばならない。




● 日本人の5人に4人は病院死 病院死亡率が高い3つの要因


 日本人の80%近くが病院で亡くなる。欧州諸国では病院での死亡者は格段に少なく50%前後に過ぎない。


 病院死はフランスで58.1%、スウェーデンで42.0%、イギリス54.0%、アメリカ56.0%。中には35.5%と最も低いオランダのような国もある。これに対して、日本では1950年代から病院と診療所での死亡率が急ピッチで毎年増え続けてきた。1976年に自宅死亡率を初めて上回り、2005年には82.4%に達した。


 医療施設でない死に場所は自宅と介護施設である。欧州では北欧を中心に「施設の集合住宅への転換」が急速に進んでおり、集合住宅で介護サービスを受けている人の病院死が少ないということは、この在宅介護サービスと在宅医療が充実している証しでもある。病院や施設の外で医療や介護サービスが十分に整備されていてこそ、病院死を抑制することができる。


 欧州で病院死が少ないという事実は、それに見合う在宅サービスが行き渡っていることを表わしている。日本で掲げられた「地域包括ケアシステム」が先行していると見ていい。 


 だが、在宅サービスの充実だけでは病院死は減らない。病院死を好まない終末期の考え方や死生観が欠かせない。では、日本は欧州と違って、なぜ、医療施設で亡くなる比率が高いのだろうか。それも突出して高い。理由は3つありそうだ。


(ダイヤモンド・オンライン 10月15日)


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【 2014/11/13 】 訪問看護コラム | TB(0) | CM(0)

なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?③

なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?③




■妻や家族を介護に巻き込む方法


 我が家の場合、妻は「人に奉仕することを喜び」とするタイプではありませんでしたが、とあるきっかけで私の介護のサポートをしてくれるようになりました。


 前回(第13回 http://president.jp/articles/-/13514)、当欄で書いたデイサービスの一件です。私が仕事で早朝から1日、出かけることになった。介護者ゼロの「空白」を埋めるべく、父をデイサービスに送り出すことにしました。


 家の戸締りの必要もあり、妻に出社時間を遅らせてもらい、その見送りを頼んだわけです。しかし、父が出発直前にデイサービスに行くことを拒否し、結局、妻はその後の面倒を見るために会社を休むことになりました。


 「父の介護は私(筆者)の仕事」とばかりに第三者的立場でいた妻が、その日を境に少し変わったのです。食事をつくって持って行ったり、時折、父の様子を見に行ったり、というようなことをし始めました。


 要介護者が家にいるという状況に否応なしに直面したことで、その意識が芽生えたのでしょう。家族に介護のサポートをしてもらいたい場合、彼らを上手に巻き込むような状況を意図的につくるのも、ひとつの方法かもしれません。


 そういう私も人に奉仕することに喜びを感じるタイプではありません。


 それでも約1か月半という短い期間ではありますが、精一杯父の介護をしました。もちろんそこには親子の情、育ててくれた父に対する感謝の思いもあります。しかしそれだけではありませんでした。


 あくまで個人的なレベルに過ぎませんが、父が突然寝たきりになり介護が必要になったときの心理を自分なりに振り返ってみます。


 たとえばシモの処理。


 「ついにこの時がきたか」とは思いましたが、そう苦痛には感じませんでした。初めてのことでもあり、どういう手順で処理したらいいか解らず、慌てうろたえたことは確かですが、行為そのものから逃げたいという思いはありませんでした。


 自分が処理しなければ事態は前に進まない、という感じです。そして回数を重ね、処理がうまくできるようになるにつれ、やりがいさえ感じるようになりました。私自身も父が寝たきりになり、その介護をするのは自分しかいないという状況に直面したことで、できるだけのことはしようという意識と覚悟が芽生えたのです。


 各家庭が抱える事情はさまざまです。親子関係がうまくいっていないケースもあるでしょうし、性格的に介護などできないという人もいるでしょうから、一概には言えませんが、親が要介護になるという事態に直面したら、多くの人はそれを受け入れ対応する努力をするはずです。


 確かに大変ですが、その時が来たら、「自分なりになんとかする」のが介護というものだと思っています。


(プレジデント 10月11日)


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なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?②

なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?②




■家族の誰が介護すると父の負担が減るか考える


 そこで頼りたくなるのが家族です。


 ひとりでつきっきりの介護をするのは限界があります。家族のサポートがあれば、それが少しは軽減できるわけです。しかし、これが結構難題です。


 まず、妻です。要介護者が母親の場合は厳しいでしょう。嫁と姑は、どんなに歩み寄ろうとしても歩み寄れない溝が大なり小なりあるものです。姑が要介護になったら大半の嫁は、よほど切羽詰った状況でない限り「介護なんか無理」というのではないでしょうか。


 ウチの場合は父親であり、それほど妻と父に溝はありませんでしたが、それでも介護は頼めませんでした。父が寝たきりになり、シモの世話が必要になった当初、実の息子の私がその処理をさせるのでさえ、父は精神的つらさに耐えかねているようでした。まして嫁にそれをさせるのは許さなかったと思います。妻もそれを察したようで、介護は私に任せっきりでした。


 妻の両親は健在ですが、もし要介護になったら、その介護はシモの世話を含め、実の娘である妻がちゃんとすると思います。「実の親子」であるかどうか。介護にはそうした部分も関係してくる。実にセンシティブな問題であることが、実際に介護を経験して実感しました。


 介護者の子、つまり要介護者の孫はどうでしょう。
孫が幼少時、祖父や祖母と濃密な関係を持ち、おじいちゃん子だったりおばあちゃん子であって、情があれば介護もするでしょう。私には娘がひとりいますが、子どもの頃は両親とは別居していたため、それほど情のつながりはありません。だから娘も父の介護では、私を傍観するだけでした。


 核家族化が進んだ今は、そうした家庭がほとんどだと思います。というわけで、家族のサポートはかなり高いハードルなのです。


 ただ、家族が介護のサポートをしてくれるかどうかは、その性格にも左右されるような気がします。


 父親の介護に関わった人たちを見ていて感じたのは、世の中に人の世話をすることを苦にしない、というよりむしろ喜びとしている人がこんなにいるのかという驚きでした。


 訪問看護師さん、ホームヘルパーさん、訪問入浴のスタッフさん……。もちろん職業意識もあるでしょう。が、それだけではない、人に奉仕することを喜びとしている感じが確かにありました。そうでなければ、とても続けられない仕事でもあります。もし家族がそのような性格だったら、進んで介護のサポートをしてくれるかもしれません。


(プレジデント 10月11日)


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【 2014/11/07 】 訪問看護コラム | TB(0) | CM(0)

なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?①

なぜ、同居する父の介護を妻に頼まなかったか?①




■親を施設に入所させると感じる、罪の意識


 年老いた親がいる人の多くが、いつかは直面するのが介護の問題です。


 私の場合は一人っ子で、実家で一人暮らしをしていた父親に健康不安があったため数年前から同居しており、当然私が介護をすることになりましたが、兄弟がいる人も兄弟全員が平等に介護の負担をするケースは稀でしょう。


 結局、親の家の近くに住んでいる人がより多くの介護負担を負うことになります。


 要介護度が重くなったり認知症が加わったりすれば、その負担は増すばかりです。ホームヘルパーなどの介護サービスに頼っていられる状況ではなくなり、つきっきりの介護が必要になります。そのため仕事を辞めざるを得なくなる人も少なくありません。仕事を辞めればつきっきりで介護ができる反面、収入の道が断たれるわけで、よほどゆとりのある世帯でない限り経済的な不安がのしかかってきます。


 施設に入ってもらう、という選択肢もあります。


 親のなかには、子に負担をかけたくないと自ら施設に入る人もいますが、仮にそう考えていても要介護状態は不意にやってくるものであり、それが間に合わないこともある。


 子が親を施設に入れるというのは、かなり重い決断です。介護保険が適用され、金銭的負担が少ない特別養護老人ホームは満杯で今は入所が不可能な状態。親の年金が潤沢なら、それで賄える有料老人ホームもありますが、入所させると厄介払いをするような罪の意識が働きますし、ご近所から「あの家の息子たちは冷たい」と言われそうです。


 そんなこんなで躊躇しているうちに在宅介護が始まり、子のうちの誰かひとりが負担を背負い込むことになるといったことが多いのではないでしょうか。


(プレジデント 10月11日)


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